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福岡高等裁判所 平成3年(う)316号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人戸田正明提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官板橋育男提出の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

第一  法令の解釈、適用の誤り及び事実誤認の論旨について

一  正当な雇用関係に基づくものであるとの主張について

弁護人の所論は要するに、被告人がK及びT(以下、「被害児童」という。)に対し、いわゆるダイヤルQ2の業務に従事させたのは正当な雇用関係に基づくものであるから、児童福祉法三四条一項九号の除外事由がある、というのである。

そこで、検討するに、同法三四条一項九号にいう「正当な雇用関係」とは、民法や労働基準法等に照らして正当な場合、すなわちこれらの関係法規に抵触せず、瑕疵のない完全な雇用契約ないし雇用状態をいうものであり、未成年者が労働契約を締結する場合は、民法四条により、親権者の同意を得なければならないところ、本件の場合、親権者の同意はないから、正当な雇用関係に基づくものではないというべきである。

二  被告人には、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的がなかったとの主張について

弁護人の所論は、要するに、被告人は、被害児童に対し、ダイヤルQ2の電話の応対の仕事上で、異性交遊や売春につながりかねない行為を禁止するとともに、いかがわしい会話等には自分の意思で電話を切ってもよいと説明していたのであるから、被告人には、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的がなかった、というのである。

そこで検討するに、児童福祉法三四条一項九号にいう「児童の心身に有害な影響を与える行為」とは、社会通念上、児童の健全な育成を積極的に害することが客観的に明らかな行為をいい、当該行為の有害性が客観的に認められる限り、被害児童を支配下に置いている者が、その有害性を主観的に認識している必要はないと解すべきところ、被告人は、いわゆるテレホンセックスや売春の申し込みの電話を受けうることを十分に認識していながら、本件業務に従事させていたのであり、右のような行為が社会通念上、児童の心身に有害な影響を与えるものであることは明らかである。

三  被告人は、児童を自己の支配下に置いたものではないとの主張について

弁護人の所論は要するに、被告人は被害児童を雇用していたが、休日を与え、休み時間もとらせるなどしており、同人らを監視したり、同人らに本件行為を強制したものではないから、児童を支配下に置いたものではないというのである。

そこで検討するに、児童福祉法三四条一項九号にいう「自己の支配下に置く」とは、児童の意思を左右できる状態の下におくことにより使用、従属の関係が認められる場合をいうが、必ずしも現実に児童の意思を抑制することがなくても客観的に児童の意思を抑制して支配者の意思に従わせることができる状態を顕現した場合をもって足りると解されるところ、被告人は、被害児童をNコーポに住み込ませたうえ、被告人もしばしば同所に泊まり込んだほか、被告人の愛人やその配下の者を泊まり込ませるなどし、同所において、被害児童に時給五五〇円で深夜にわたる業務に従事させ、勤務時間中は、被告人らにおいて児童の勤務ぶりを監視するとともに、その自由な外出を禁じ、食事もいわゆる店屋物をとらせたうえ、賃金も被告人の愛人が預かるなどし、また被害児童の一人にその勤務態度が悪いとして暴力を加えることもあったことが認められることなどを総合すれば、被告人は児童を支配下に置いたというべきである。

以上の次第で、被告人が児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で、これを自己の支配下に置いた旨認定し、児童福祉法三四条一項九号違反の罪の成立を認めた原判決には、法令の解釈、適用の誤りはなく、事実の誤認も見当たらない、論旨は理由がない。

第二  量刑不当の論旨について

所論は、要するに、被告人を懲役五月に処した原判決の量刑は、罰金刑を選択せず、懲役刑を選択するとしても執行猶予を付さなかった点において不当に重い、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、被告人の本件犯行は、当時一六歳の被害児童二名を雇い入れ、有害な業務であるダイヤルQ2の電話応対に従事させたという事案であるところ、被告人は、もっぱら自己の利益を図るために本件犯行に及んだものであって、動機に酌量の余地がなく、また、被告人は、暴力団幹部として活動している者であるうえ、これまでにも、昭和五五年九月に恐喝罪で懲役一年六月、四年間執行猶予に、昭和五七年七月に恐喝罪及び常習賭博罪により、懲役一年、四年間執行猶予、保護観察付に処せられたほか、暴行罪により罰金刑に処せられた前科があることなどを併せ考えると、被告人の刑責を軽視することはできない。したがって、本件被害児童らは、家出中で他に行く当てがなかったこと、被告人は、児童等を無償で住居に住まわせ、備品消耗品も自由に使用させるなどし、被害児童が退職する際には時給五五〇円の計算で給料を支払っていること、本件犯行が発覚したことを契機にダイヤルQ2の仕事をやめ、NTTとの契約を解除していること、前刑の懲役刑の言い渡しから約九年が経過していることなどの被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人に対して実刑に処した原判決はその当時においては相当であって、これが不当に重いということはできない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、原判決後、被害児童の親族から被告人に対し寛大な判決を求める旨の嘆願書が提出されていること、被告人は、暴力団を脱退する強い意思を示すなど反省の態度が認められることなどの更に被告人に酌むべき事情が認められ、これらの事実に前叙の被告人に有利な事情を総合すると、現時点においては、右の科刑は重きに失し、これを維持するのは相当でない。

よって、刑事訴訟法三九七条二項により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、更に次のとおり判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実に原判決と同一の法令、罰条を適用し、その処断刑期の範囲内で、被告人を懲役五月に処し、情状により、刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川﨑貞夫 裁判官徳嶺弦良 裁判官長谷川憲一)

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